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岡山地方裁判所 昭和40年(わ)512号 判決 1967年3月20日

被告人 内田泰弘

主文

被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

第一、本件公訴事実は、

被告人は昭和三三年一〇月一日より昭和三八年一月一六日まで岡山市大供六五番地において、食糧品、日用雑貨、衣料等の販売を目的とする株式会社大丸百貨(資本金一〇〇万円)の代表取締役として同社の業務を統轄していたものであるところ、同社は放漫な経理により毎年多額の欠損を生じ、昭和三七年末頃には総欠損金約一、五〇〇万円に達したため、自己の利益を図り会社を害する目的をもつて、代表取締役として法令及び定款の定め並びに総会の決議を遵守し、会社のため忠実にその職務を遂行すべき任務を有するにかかわらず、右任務に背き、虚偽の債権により同社の商品を差押え営業を不能ならしめて倒産させることを企て、斉藤菅次郎外二名と共謀の上、昭和三八年一月七日頃、金融業、株式会社大井商事(代表取締役斉藤義雄)が株式会社大丸百貨に対し、合計一〇〇万円の約束手形債権を有し、右大井商事において前記債権の執行を保全するため、大丸百貨の有体動産について仮差押を申請する旨の虚偽の仮差押申請書を作成して岡山地方裁判所倉敷支部裁判官に提出し、同旨の仮差押決定を得たうえ、右の執行を同裁判所所属の執行吏代理横畑顕夫に委任し、同執行吏をして翌八日、前記岡山市大供六五番地の株式会社大丸百貨において、同社の店頭に陳列してあつた男用メリヤスシヤツ外九一品目並びに什器等合計九四五、一〇〇円相当の有体動産の仮差押えをなさしめ、もつて同社の営業を約一〇日間不能に陥れて財産上の損害を加え、かつ偽計により同社の業務を妨害したものである。

というにあり、罪名罰条は商法違反、業務妨害、商法四八六条一項、刑法二三三条とされている。

第二、右公訴事実のうち、次の事実は下記記載の各証拠によつて認めることができる。

(事実)

被告人は昭和三三年一〇月一日、岡山市大供六五番地に本店を置き(支店なし)、食糧品・日用雑貨・衣料等の販売を目的とする、いわゆるスーパーマーケツト方式の株式会社大丸百貨(資本金一〇〇万円)の設立当時より同社の代表取締役(共同代表の定めなし)となり、昭和三八年一月一八日山原広志が代表取締役に就任するまでの間その地位にあり、同社の業務を統轄していた。ところが同社は毎年多額の欠損を生じ、昭和三七年末ごろには累積欠損金が約一、五〇〇万円に達する形勢となり、越年のための資金繰りが著しく困難となつて、このままでは早晩倒産は必至の状態となつた。このような状況下で昭和三七年一二月頃、被告人は長男内田博之および取締役山原広志と協議のうえ、知人である倉敷市在住の司法書士斉藤菅次郎に依頼し、虚偽の債権により自社店舗の商品を仮差押し、これを理由に一時閉店休業しようと企てた。右斉藤は右依頼にもとづき、昭和三八年一月七日ごろ、次男である斉藤義雄が代表取締役をしている金融業、株式会社大井商事が、株式会社大丸百貨に対し、合計一〇〇万円の約束手形債権を有しており、右債権の執行を保全するため、大丸百貨の有体動産について仮差押を申請する旨の内容虚偽の仮差押申請書を作成して、岡山地方裁判所倉敷支部裁判官に提出し、その旨の仮差押決定を得た。被告人は右決定の執行を同裁判所所属の執行吏代理横畑顕夫に委任し、同執行代理をして翌八日、前記株式会社大丸百貨において、同社の店頭に陳列してあつた男用メリヤスシヤツ外九一品目並びに什器等合計見積価額九四万五、一〇〇円相当の有体動産の仮差押をなさしめたうえ、これを理由に店を閉じて約一〇日間株式会社大丸百貨の営業を停止した。

(証拠)<省略>

第三、特別背任罪の成否

商法四八六条一項の特別背任罪が成立するためには、行為者において「自己若ハ第三者ヲ利シ又ハ会社ヲ害センコトヲ図リテ」その行為に出たことを必要とするところ、これを本件についてみるに、被告人が前示のように虚偽の債権にもとづいて仮差押の執行に出たのは、前記各証拠によれば、株式会社大丸百貨が設立以来の累積した赤字によつて倒産必死の事態に立ち至つたため、後に認定するように被告人とともに同社を実質的に経営していた長男内田博之、取締役山原広志と協議のうえ、このまま漫然倒産に至れば、多数債権者によつて強引に店舗在庫商品が持ち去られ、会社の将来が再建ないし解散のいずれの道をたどるにせよ、債権者らとの折衝は甚だしく困難となるであろうことをおそれ、そのような破局をなんとかして避けるとともに在庫商品を移動させることなく現状のまま閉店し、債権者らと善後策について協議しうるようにすれば、商品を手許に保有しているだけ有利に交渉に臨みうるものと判断し、そのような客観的条件を作り出すために、前示のような仮差押の執行に出たものと認められるのである。

即ち、被告人は、会社の将来につき、会社に有利な状況下で債権者らと交渉に入れるようにするために、虚偽の債権による在庫商品の仮差押の挙に出たものであつて、これをもつて、「会社ヲ害センコトヲ図リテ」なしたものと認めることは到底できないものというべきである。

もとより、かかる被告人の意図ないし行為は、いやしくも企業を経営するものとしてとるべき態度ではなく、他面商取引における信用を損い、会社の仕入先などの債権者の利益を害するものであることは言うまでもなく、従つて道義上強く非難糾弾されるべきものであることは当然であるが、その非難がいかに高く強かろうとて、そのことと、「会社ヲ害センコトヲ図」つたという背任行為とは、全く別の評価に属すること言うまでもない。

次に、被告人に自己の利益を図る意図があつたか否かの点を検討する。検察官の主張するところによれば、(イ)被告人は昭和三七年頃、姫路市のスーパーマーケツトを見学した際、建物所有者が多額の権利金をとつて業者に賃貸していることを知り、このような方法によることが被告人自身にとつて安全かつ得策であると考えた。(ロ)他方、株式会社大丸百貨の取引銀行からの資金借入につき、被告人が代表取締役として管理している有限会社内田ビルの建物を担保に提供していたが、右銀行よりの借入金九四〇万円は、株式会社大丸百貨名義或いは架空名義の定期預金を弁済に充当し残額約二〇〇万円を提供すればその抵当権は容易に解除しうる状況にあつた。(ハ)そこで被告人は本件のような倒産方法を計画し、内田ビルを銀行担保より抜き、これを賃貸することによつて自己の保身を計ろうとし、結局昭和三八年一二月頃に至りその目的をとげた。として、右一連の行為よりして、被告人に自己の利益を図る意図があつたものとしている。

前示各証拠に加えて証人泉川孝平、同千葉和助の当公判廷における各供述と、同人らの各検察官に対する供述調書を総合すれば、株式会社大丸百貨は前示のように一時閉店後昭和三八年一月中旬、債権者らと協議のうえ、被告人は代表取締役の地位を山原広志に譲り、以後債権者らは右山原に協力して右会社の経営を再開し、同年末に至つたが、一部債権者のうちに、当初の債権者会議の約に反して、従前の売掛金の支払を求めて新規の出荷を手控え或いは他の債権者に先んじて債権の回収を計るものがあつたため、資金不足を招き、更に運転資金に予定した銀行融資が実現しなかつたため、遂に銀行取引停止処分をうけ倒産するに至り、その後被告人は銀行よりの借入金のうち、見返り担保として差入れられていた定期預金などをもつて相殺した残額一六一万円余りを、先に銀行より借入するに当り個人保証をしていたため、被告人個人として弁済し、前記内田ビルにつき設定されていた抵当権を解除し銀行担保より取戻した事実が認められる。

これらの事実と、右各証拠より認められる、昭和三七年頃被告人が各地のスーパーマーケツトの実態を視察したのち洩らしていた「貸ビル経営の方が有利得策である」旨の発言、などを総合勘案すると、或いは被告人はその頃からそのような意図を強く抱いており、そのような計画を実現するため着々準備し、前示のような虚偽の債権にもとづく仮差押を断行し、一時はその地位を山原に譲つたものの結局はその意図を実現したのではなかろうか、との強い疑いを抱かざるを得ないものがあることは否定しがたい。しかしこの点については、当裁判所は、右はあくまで推測ないし疑惑の域を出ず、被告人の内心に、そのような自己ないし一族の保身、利益を専ら図らうとしたものがあつたとの点は、その確証がないものと考える。殊に、(イ)株式会社大丸百貨が昭和三七年当初既にかなりの赤字に苦しんでいたことは明らかであるが、このような場合、経営者たる被告人が他の有利な経営形態に転進を計ろうとすることはむしろ当然であり、そのような意図を洩らしたからとてこれを以て直ちに自己の利を図らんとしたことの徴表であると即断することはできないし、被告人が倒産を意図して、ことさらに赤字を累積して行つたとの証拠はもとよりない。(ロ)又、経営の実権を山原広志に譲つたことは専ら当時の債権者らの意向に沿つたものであつてもとより被告人の意思によつたものではなく、右山原はその後独自に経営の改善に努力していたと認められ、右山原に地位を譲つたのち約一年後の倒産に至る間においても、なお被告人が自己の利を図ろうと策動したような事実はたやすく認めがたい。(ハ)さらに、株式会社大丸百貨が銀行から資金を借入れるに際し被告人は個人として連帯保証していたものであつて、同社の倒産に際し整理した残債務を、銀行の求めにより個人資産から弁済したこと自体は、なんら責めるべきものがないと認められる。ことなどをも考慮すれば、一層前述の結論は支持されるべきものと考えざるを得ない。

なお、前示各証拠によれば、被告人はその代表取締役当時、株式会社大丸百貨の売上金の一部を控除して被告人個人の銀行預金としていたのではないか、と疑われる節もないではないが、銀行員泉川孝平の当公判廷での証言および検察官に対する供述調書によるも、その証明は必ずしも十分とはいえず、相当額の匿名の定期預金を被告人が保有していたことは事実であるが、その発生源が右の如き不正手段によるものであると断定できる証拠もなく、進んで、右の匿名資産を巧みに活用して本件内田ビルの転用を企図したとまで断定することは到底できないものと考える。

更に、前示各証拠によれば、株式会社大丸百貨が赤字を累積するに至つたのは、被告人の放漫な経営による点も少なからぬものがあると認められるけれども、この点に対する非難は、専ら被告人の経営者としての意識ないし手腕力量の欠如という経営倫理上のものに止まり、そのような経営態度の具体的な一々の行為が時に業務上横領その他の犯罪を構成することがあろうけれども、そのような経営方針ないし管理運営の態度そのものが本件商法違反につながるものと断定できる証拠はないものと言わざるをえない。

以上詳細に説明したように、本件の商法違反については、被告人に「自己ヲ利シ又ハ会社ヲ害センコトヲ図リテ」なしたとの点につきその証明がないものと言わなければならない。

第四、業務妨害罪の成否

刑法二三三条の偽計による業務妨害罪が成立するためには、「人ノ」業務の妨害という結果発生のおそれある行為がなければならず、ここに「人」とは単に自然人のみならず法人を含むと解される。そして前認定のように、虚偽の債権にもとづいて仮差押を執行し株式会社の業務を一時停止させることは、その行為自体は一般には偽計による業務妨害行為と評価しうると考えられ、被告人の前認定の行為は一見業務妨害罪に該るかのようである。しかし果して「人ノ」業務を妨害したと言えるかについてはなお仔細に検討しなければならない。

そこで株式会社大丸百貨の実態を検討すると、前示各証拠及び柴岡良尚の検察官に対する供述調書、被告人の昭和三九年八月一八日付司法警察員に対する供述調書により認められるように、(イ)同社は、昭和三三年一〇月被告人が設立したものであつて、資本金一〇〇万円の半額は被告人が負担し、残余は被告人の知人に出資を依頼したが、被告人以外の出資者は全く名目的便宜的なものであつて、設立後の経営内情は、全く被告人一人に経営の実権があり、しかもその個人的色彩は次第に強くなつていつたこと、(ロ)株式会社大丸百貨は有限会社内田ビル所有の建物で店舗を開いていたが、右有限会社内田ビルは被告人ら一族の経営にかかりしかも被告人が代表取締役であつたのに加え、株式会社大丸百貨の取引銀行よりの資金借入に対し、右内田ビル所有の建物に抵当権が設定されていたものであること、(ハ)会社の経営陣は、当初以来被告人が代表取締役であつた外、他の取締役は被告人の長男内田博之と、会社の計理担当者柴岡良尚の二人であつて、当初より被告人の個人会社的色彩が強かつたことは否定できず、その後被告人の一族が加わり、柴岡良尚が退くなどの移動を経て、昭和三七年一二月当時、被告人以外の取締役は、被告人の妻の妹内田重子被告人の子息久山恵三(養家の姓にかわつている。)それに被告人の長男博之の中学校時代の同級生という関係から入社した山原広志の三人という陣容であり、重役陣から内田博之が退いていたとは言え、依然同人が経理面を掌握していて、当初の色彩はなお強く続存していたと認められること、(ニ)しかも前示仮差押の執行は、被告人の単独犯行というならばともかく、会社経営陣の意思とも言うべき被告人、被告人の長男内田博之、取締役山原広志の三名の協議にもとづくものであること、など記録からうかがわれる状況よりすれば、株式会社大丸百貨は資金面、経営面ともに被告人の手腕、信用に全面的に依存し他の役員や株主らは全く有名無実の存在であつたことをうかがうに十分であり、株式会社とはいえそれは外形上そのような組織形態を藉用したに過ぎず、その実体は全く被告人の個人商店と同視できると断定しても決して過言ではない。換言すれば被告人の意思が即ち株式会社大丸百貨の意思である、とさえ言えるのである。

もとより、株式会社はそれを構成する自然人とは別個の社会的組織体として法制上その存在が認められており、それ自体が一つの保護されるべき法益主体ではあるけれども、そのような考え方をもつて本件を律することは到底妥当なものであるとは考えられない。即ち被告人の個人商店に外ならないと認められる株式会社大丸百貨について、被告人自身とは別個の、業務妨害罪にいわゆる「人」たる地位を認め、その業務が妨害されたとするのは、全く観念的なものにすぎず、実質的に本件を考察すれば被告人がその意思にもとづいて自己の業務を停止したのに外ならないと認められるのである。よしやこのような断定がやや行き過ぎであるとしても、少なくとも会社の経営陣の意思により、会社の業務を一時停止したものであることは疑う余地がない。すなわち、業務妨害罪の成立要件である「人ノ」業務を妨害した、という実質を欠くものであるから、到底業務妨害罪の成立を認めることはできない。

第五、結論

以上、詳述したように、被告人のなした行為は、経営者としての自覚に欠け、信義にもとるものがあり、殊に虚偽の債権にもとづいて仮差押を執行した点は強く非難さるべきものがあるとは言え、本件公訴事実については結局その証明がないか又は罪とならないものであるから、刑事訴訟法三三六により無罪の言渡をすべきものである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口貞)

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